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帰れなくなったのだと、誰もが気づいた。
だが、どうすることも出来ない。
どれだけあがいても帰り方なんて分かるはずがない。
それでも、自分達の置かれた状況が特に過酷ではないと、誰もが感じていた。
木には豊富な種類の果物がたくさん実っていたし、小さな川や湧き水の出る水源もところどころにあった。
飢える心配はない。
気候は常に温暖で、暑くも寒くもない。
いずれアナウンスも流れるだろうと、どこか楽観視していたのだ。
しかし、これは仮想世界での話である。
実際問題として現実世界に帰れなくなっているという事実が、次第に僕達の心の中を不安にさせていった。
「現実世界の僕らの肉体はどうなっているのだろう?」と、誰かが言った。
不安が加速した数日後には、誰もが家に帰りたがっていた。
誰もが家族を心配し、学校や会社を心配していた。
時間だけがゆっくりと過ぎていく。
ある夜、夕子の寝床から「お母さん」と呟く声が発せられた。
夕子は小柄で、髪の毛も頭の左右で縛る幼い髪形、俗に言うツインテールと言う髪型をしていたので、まるで子供のように見えた。
あかねがそっと夕子のそばに寄り添い、頭を撫でながら「大丈夫だよ。一緒に帰ろうね」と囁いていた。
微笑ましい光景なのかもしれない。
だが、私は実のところ、この二人が嫌いだった。
あかねはいつも自分の世界に閉じこもりすぎている。
僕が言えることではないが、自分からは自分のことを何も話さないし、決して誰にも心を開いていないように思える。
それでいて行動そのものは、自分は優しいのだと自負しているかのような、そんなナルシストとも言える自己愛でいっぱいの人間のように僕の目には映るのだ。
そして、あかねは自分よりも弱いものだけには心を開く。
そう、夕子のような。
夕子に関しては、自分では何も決めれず、いつも他人に寄りかかるところがある。
あかねにもそうだが、特に男の亮介に対して、普段から甘えていると形容出来るほどの異常さでいつもべったりとくっついている。
僕はそれがたまらなく嫌だった。
美野里の寝息を聞きながら、僕はどうせならあの二人はいなければ良かったと、思い始めていた。
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