プロローグ

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その日の夜空には綺麗な満月が浮かんでいた。 しかも珍しく今夜は皆既月食が見られるという。 おかげで朝からその話題で持ちきりだった。 月食開始予定時刻まではあと一刻ほど。 しかし辺りはすでに深い闇に覆われ、動物の遠吠えがあちこちで聞こえていて異様な雰囲気に包まれている。 「いっけない!遅くなっちゃった!毎日毎日、勉強ばっかりで本当嫌になっちゃう!」 静かな住宅街を1人の少女が足早にかけていく。 時計を見るとすでに22時をまわっていて遅い時間だからか人の姿はなく、どことなく心細い。 まるで誰もいない世界に迷い込んでしまったかのよう。 ではなぜ彼女がこんなところにいるのか。 それは単純にここが塾から家への近道だからだ。 普段はあまり通らない道なのだが、この日は遅くなってしまったため近道をしようと考えたのだ。 リン… ふと、鈴の音が聞こえて速度をゆるめる。 ―鈴の音? そして目を凝らすと赤い首輪をした黒猫が目の前を通り過ぎていく。 「猫ちゃん!可愛いーっ!」 彼女は猫好きでつい無意識に黒猫の後を追ってしまった。 だが、追いつく間もなく黒猫は闇に紛れてどこかへ行ってしまう。 鈴の音ももう聞こえない。 「あれ?どこにいっちゃったんだろう…」 きょろきょろと辺りを見回していると、唐突に知らない男の声が頭に中に響いた。 低く、艶のあるその声は不思議と聞いたことがあるような気がする。 なんだか懐かしいような。 『私の花嫁よ、時は来たぞ』 ―花嫁?何?誰の声なの? しかし考えてみても心当たりはない。 その時、彼女のカバンにぶら下がっていたぬいぐるみが月の光を浴びてキラキラと輝いた。 ちょっと不格好な月色の髪をした男の子のぬいぐるみで彼女にとっては大切なものだった。 いつからか持っていてお守り代わりで10年間、肌身離さず持ち歩いていた。 そのぬいぐるみから眩い光が溢れだし、一瞬にして辺りを照らした。 「何!?」 彼女は思わず目を閉じた。 光がやんで少女が目を開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。 「あれ?ここって…」 いつの間にか周りにあったはずの住宅街は消え、目の前には古びた洋館がそびえ立っていた。
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