プロローグ

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 母親が落ち着いた後。病室に入ってきた年輩の警察から何か覚えてはないかと尋ねられたのだが、いくら思い返してみても事故前後の記憶が無かったのでそのまま正直に伝える。  その場に居合わせていた医者が言うには、大きな事故で記憶が吹っ飛ぶ事は良くあるとの事で、検査した時脳に異常も見られなかったから大丈夫だとも言ってくれた。  けれど当事者である自分が記憶喪失であり、また近隣の聞き込みも現場からも何も詳細が分からなかった為、2年後の現在に至っても事故自体については不明のままである。  ただ、全身の酷い打撲と自転車の大破具合から言って、大型のトラックにでも轢き逃げされたのだろうという予想はされてはいて。  でも、何も情報が無いのだから車の特定なんかは出来ず、自分の記憶が戻り次第捜査が再開されるだとかで。要するに、何か思い出したらご一報をという捜査の打ち切りだ。  これには親も腹を立てていた。だってそうだろう? 愛する我が子が大怪我をしたというのに、その犯人を警察は捜さずに投げ出したのである。怒りも当然。  しかし同時に、手も足も出ない状況だとも理解をしているから泣き寝入るのがせいぜい。だからその矛先が愛する息子に「早く記憶を戻せ」と向いたのはいかなものなのか……  そんな親の期待に応えるべく、一週間に1度の頻度であの場所へと赴いている。そう、事故のあったあの坂ばかりの住宅街へ。
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