一軒目

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. 「あれー?」 俺の前に立った咲が、不意に間の抜けた声を上げた。 「どうした?」 「お兄ちゃんのアメがないの」 咲が前に出した手のひらを覗きこむと、確かにアメがなかった。 彼女のアメの包み紙だけが、ポツンと取り残されている。 「おじさん、お兄ちゃんのアメないよ?」 「マジか。 たった二人なんだから、数え間違えるわけねえんだけどな…」 茶色に染めた短い髪をかきむしる田口さんの言葉を聞いて、俺は少し不安になった。 しゃがんで咲に目線をあわせ、問いただす。 「咲…お前、アメ二つ持ってないだろうな」 「持ってないよ!! 咲、嘘なんかつかないもん!! 泥棒は嘘の始まりだし!!」 微妙に違うぞ、それ。 確かに泥棒は嘘つきますけど。 泥棒は嘘から始まりますけど。 そんな言葉はこの世に存在しないんだよ。
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