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《良かったらまた、いらして下さいね》
「丑之助(幼名)、筆が止まっておるが……何かあったのか……」
「……えっ、いえ、すみません」
その夜、国司家。
父の部屋で勉学に勤しむ信濃は思わず小さく息を吐いた。
頭から離れない彼女の姿。幻想的、はたまた夢でも見ていたのではないかと思うほど。
あの後、信濃は彼女と多少言葉を交わしたが、まともに彼女の姿が見れなかったのも確か。
(名は和喜子と申されたが……何故、あの方は私の名を知っていた……またお会いした時に訊いてみるか)
「丑之助、また筆が止まっておる、庭で頭でも冷やして来い」
「……すみません」
浮ついた信濃の姿は珍しく、この時父は、部屋から信濃を追い出せば腕組みをしながら月夜に目を細めた。
「患いものか……」
淡い……淡い、藤の色とは対照的な桜色の恋心。それを初めて抱いたのは信濃――十歳の頃の出来事であった。
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