二章

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「今年も見事ですね」 「そう言って頂けて光栄です、国司さん」 柔らかい物言い。優しい笑み。それを信濃にむけるのは和喜子であった。 その笑みを見れば、信濃も自然と笑みが零れ落ちていく。 二人の間には穏やかに、優しい雰囲気が漂っていた。 月日が流れあれから五年。信濃、十五の歳。 国司家の息子は何をしても様になると……いずれ毛利殿のお目に掛かるのも時間の問題であろうと萩の巷では噂になる程の信濃。風貌も様になる一方。 対する和喜子も笑えば可愛らしく、大和撫子の名が似合う女性に成長し。 二人は目が合えばクスッと笑い合った。 毎年春になれば、和喜子の住む長屋に咲く藤の花を二人で眺めることがお馴染みになり、和喜子の素姓も知る事が出来た。 どうやら和喜子も信濃と同じく武家の生まれで、由緒正しき家系の娘らしい。 歳も近いことから二人の距離が近づくのに、そう時間はかからなかった。 だが、五年前から和喜子に抱くこの感覚が何なのか……それまで武術、剣術、勉学に勤しんできた信濃は色恋沙汰に滅法疎かったのだ。 そう、恋をしているのに恋をしていることに気づいていなかった。 「和喜子殿は「殿はやめて下さいとお伝えした筈ですよ??国司さん??」 「……すみません……殿をつけるのは癖で」 《申し訳ない》と苦笑いを浮かべる信濃を見上げれば、和喜子も上品に笑っていたが、和喜子の心は泣いていた。 もし巷の話が実現すれば、信濃に自由な時間などない……そう、こうして逢えることもなくなってしまう。藩主に遣える国司家と云う家系。 その家系、噂を偶然耳にしていた和喜子は信濃を見れば見るほど胸が痛くて仕方なかった。 和喜子も信濃に恋をしていた。あの時から……否、それよりも前からずっと。
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