序章

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連行される男――名は国司信濃。若干二十三歳の青年である。 若き長州藩の家老の身であり闘将と呼ばれた男は、その名とは裏腹優しそうな面が印象的である。 幽閉されて二ヶ月ばかり。 凛とする表情は以前と変わらないが、顎には無精髭が生え幽閉中、飯などろくに与えてもらえていなかったことで体は痩せ細っていた。 その体に縄が食い込み、痛みさえ身体に与える。 まるで罪人のような扱いだが国司は抵抗しようともせず、ただ眩しそうに目を細めていた。 久しぶりに太陽の光を浴び、体がその環境に慣れていなかったのだ。 当たり前のように太陽の光が浴びれることが出来た今までの生活。 当たり前のように朝餉、夕餉といった飯が口に出来た生活。 その当たり前のことが幸せだったと、一歩一歩、その場所に向かいながら国司は改めて感謝していた。 ――自分を産み育ててくれた父、母……そして今まで支えてくれた、仲間……そして愛する家族、妻に――。 国司信濃――これから彼は自ら腹を斬る、切腹場所に足を運ばせていた――。
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