一章

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「見事な藤の花だ……」 そよそよと吹き乱れる春の風は、男の結い上げる髪の毛を優しく揺らす。 家垣から垂れ下がりながら咲き誇る紫色の藤の花。日が高い頃、一人の少年がそれを見上げ惚れ惚れするような声を漏らした。 艶のある黒髪を束ねる総髪の青年――信濃である。 学問の本を片手に持つ信濃は、キリッとした目元が藤の花を見れば穏やかに和み、心が花へと奪われ暫くその場所から動こうとはしなかった。 勉学に勤しむ毎日、周りから期待される日々に疲れが全くその身にないといえば、嘘になる。 それでもその疲れは、ありがたいものと自問自答、否、自分に言い聞かせることもあった。 全ては、己の夢のため、藩主のため、長州のため――。
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