28人が本棚に入れています
本棚に追加
食器を流しこむ手を止めて、晋吾を睨む。大切なところだ。
「ん?、そんな事、言った?」
逃げの気配を見せる夫を真祐美は、逃がさない。
「…言いました。」
真祐美は、今年で33歳になる。不遜な発言をする夫に、悔しい思いもある。
しかし、大手のメーカー企業に勤める夫のおかげで、今まで生活に困ることはなかった。結婚して8年。大きな障害もなく、こうして子供にも恵まれ、子育てに集中できたのも晋吾のおかげと感謝している。
本来なら、パートなどに出るべきところを、育児と家事に専念する事を許してくれた。
思えば、もう二年ほど、晋吾の服を買っていない。仕事用のスーツでさえ、新調していない。34になる営業社員としては、ねだってきても良さそうだが、それもなかった。
晋吾は、テレビの画面に目線を戻すと、後ろの真祐美に答える。
「ほら、何か勤めていた頃と違うな、と思ってさ。勤めた頃はもっとスッとした格好してたじゃん? ま、仕方なねぇーよな。…お前も"年相応"ってやつになったんだろ?」
その後、晋吾は「ハハハッ」と乾いた笑いを続けた。
思いきってからの真祐美の行動は早かった。
次の日、美由希が学校から帰って来る前に近所にある書店へ足を運んだ。
ベージュのコットンパンツに赤いニット。全て量販店で買い揃えたものだった。
晋吾が見たら、また落胆の弁を吐くに違いない。味気の無い格好だと思うのは昨日の夫の一連の言動のせいかもしれなかった。
「年相応」は今の自分を肯定することだ。
真祐美は、この数年間を振り返る。美由希と晋吾のために過ごしてきた。きっとそれはこれからも変わらないだろう。美由希は、次第に手がかからなくなっていくに、違いない。
自分はもっと歳を取っていくのだろうか。
そう思うと、急に昔のようなおしゃれがしたくなった。
最初のコメントを投稿しよう!