忘却の果ての都

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だが、どれほど大きく頑丈に築かれた物であっても崩れる時は案外呆気なく崩壊してしまうものである。 後の世に「覆りの大洪水」と呼ばれる大雨は、まさに陸地を水地に変えてしまう程に大きな災害であった。 当然この都もこの水害の被害を被ったわけであるが、家が水に押し流されるとか、畑が水浸しで駄目になるなど、そんな軽い被害では済まされなかったのである。 他の土地より低い海抜に位置するこの土地は、この大雨によって降り注いだ大量の水をどこにも逃がす事が出来ずに、為す術も無く受け入れる事しか出来なかったのだ。 更に平坦な他の地より流れ出た水も自然の理に沿って、低い位置にあるこの地へと流れ込んで来たのだから最早どうする事も出来ない。 天から降り注ぐ大量の雨水を生み出す雨雲がこの地を立ち去った後、そこにあったのは広大なその身に水を湛えている、ただの湖であった。 「この場所はもう駄目だ。別の新たな地に我等の都を築こうではないか」 この水害からかろうじて生き残った者達はこの統治者の一言に従う他無く、ほとんどの者達が数少ない荷物をまとめて新天地へと旅立った。 しかし、どういったわけか。その後、彼らによって新たな都は愚か、集落すらも築かれたという話は一切流れることはなかった。 道中で山賊に襲われて身ぐるみを剥がされた上にまとめて殺されてしまったか、はたまた更なる災害に巻き込まれて自然の脅威に怯えながら息を絶やしたのか。 どちらにせよ、この都を知る者達が一気に数を減らしたのは間違いないだろう。 かつて栄華を極めた都は水に沈み、かつて栄華を極めた都の民は行方知れずとなり、その都の記憶はその地へと足を運んだ者だけが知るのみである。 それから数百年の月日が流れ、訪都の経験がある者もとうの昔に天に召された今となっては、その都の記憶さえ有する者がいないのは当然であろう。 かつての栄華を誇った都はその存在はおろか、築かれた地すらも水に沈んだ為、今を生きる者達はこの地を認知する術も無い。 統治者がこの地を離れる際に、この都の行く末をこの地が本当に朽ち果てるその時まで見守るよう、子々孫々に渡る命を受けた墓守の一族を除いては。
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