水面の少女

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まだ少しヒリヒリとする頬をまだ温さが残っている布団に包み込ませたら、一体どれだけ心地良いのだろうか。 そんな甘美で危険な誘惑を必死に頭をぶんぶんと振って落とすと、激しい運動をした為か。 体力の消耗と栄養の摂取を求めるかの様に、腹の真ん中辺りから「くぅ」と小さく虫の鳴く声が聞こえた。 確かに程よい空腹感を覚えた少女は、ベッドからさほど離れてはいない戸棚の所まで行き、先日干し終わったばかりの果物を三個ばかり取り出して皿に適当に盛り付ける。 越冬の為に干したばかりの果物であるが、どうも近頃生産より消費の方がペースが早いような気がしてならない。 食べる量は以前と一緒のはずなのに、一体何をどこで間違えたのだろうか。 食糧の危機を招くかもしれないという重大な問題であるのに、その少女は呑気の干し果物を頬張りながら戸棚の脇にある台へと小さな干し果物を一つ、そっと置いた。 その果物が置かれた台に先に置かれていたのは、どこにでもあるような少しばかり古びた石であったが、この石は少女にとって何よりも大切に思っている物である。 少女の大好きだった祖母と、顔もよく覚えていないような自分の両親と顔なんて微塵も知らないくらい遠い先祖。 そんな彼らが昔この地に生き、職務を全うしてこの世を旅立ったという証を示す墓石である。 誰にも知られる事の無い、孤独な責務を遂げた立派な先祖達だ。 顔を知らずとも、誇りに思って然るべき偉大なる存在であるのだ。 だから、少女は毎朝目を覚ますと同時に祖母や名前も知らない先祖達と朝食を共にしている。 正直、果物一個で足りるほど先祖達の魂も満たされているとは思ってはいないが、一人一人に配膳していったら今度は生者である自分が飢えでそちら側に行く事となってしまう。 一個の干し果物というのは、妥協に妥協を重ねた結果であった。
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