水面の少女

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その偉大なる責務というものを少女は受け継いでいるのだが、その責務とは一体何なのか、正直に言えば彼女自身よく理解していないというのが答えである。 その責務を果たしていたであろう祖母との日々を思い返してみたところで、一緒に家の前にある水没林を僅かな足場を辿りながら散歩した事や、寒さを凌ぐ為に一つの布団に入って暖をとった事など、懐かしくも楽しかった記憶ばかりが蘇ってきてしまい自然に涙が溢れ出てきそうになる。 だから、昔の事はあまり思い出さずにいたい。 だからと言ってずぅっと思い出さずにいると、いつしかこの懐かしい記憶を忘れてしまうだろうから思い出すのはたまにくらいにしよう。 だから少女は祖母がやっていた事をあまり思い出そうとせずに、水没林の周りを散歩してみたり、たまに水没林の中の方まで探検してみたりと僅かに覚えている祖母の行動を真似しているのであった。 この行為が何の意味を持つか全く以て分からない。 だが、家族もいない少女にとってこの行動が全てであり、偉大な先祖と自分を繋ぐ数少ないラインであるのだ。 三個めの干し果物を口の中に押し込んで、少女は軽く咀嚼し、何やら文字が刻まれた木製のコップに注がれた湧き水を口に含む。 エリアス そのコップに刻まれた文字こそ顔を忘れた両親が自分に遺してくれた唯一の物。少女の名前であった。 そういえばこのコップは母親のエリアの物に新たにsの文字を刻んで自分の物にしていたから、正しく言えば唯二の物だ。 名前にコップ。 どちらにせよ、エリアスにとってはどちらも大切な宝物なのである。
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