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ちょうど、目の前に居酒屋が見えたので入る。
深夜の割には賑わっていた。
空いている席につき、ビールを注文する。
「いいか?人生は前だけ見て生きていくものなんだよ。」
ビールを飲みながら、いつだか聞いた友人の話を思い出す。
「後ろを振り返らずに前向きに生きた奴だけが、人生得をするんだ。」
その友人は時田と言う男で、ある大手出版社に勤めている男だ。
何かと人生は何たるかを語ってくるので、正直な話あまり好きなタイプでは無かった。
ある雑誌に連載記事を書いているが、編集長が友人のルックスに目をつけ毎号、写真も掲載されている。
男の自分から見ても整った顔立ちをしており、彼に惹かれる女性が多いのも頷ける。
ふと、そう言えば、この近くに時田が住んでいたな、と気付く。いつの間にか、周りには自分だけになっていた。
すると、1人の客が入ってきた。
随分と荒れているようで、足元がおぼつかない。
「ビールとつまみ!!」とだけ言い、自分の隣に座った。
店の人が客の様子を見て、酒を控えた方が良いと薦めるが聞く耳を持たない。
「また今日も、会社で無視されたよ……。」
隣に座った男が唐突に喋り出す。
「俺は、空気なんだよ。
そりゃぁ、最初の内は良かったよ……。けどさ、記事を書かせて貰えるようになってから周りの態度がぁ、変わってったんだよぉ!!」
酔っている割には饒舌で、そこそこ呂律も回っている。
「ろくに目も合わせようとしないし、無視だってされた。
皆、俺の敵だよ!!」
仕事場で色々あったらしく、矢継ぎ早に愚痴を言う。
そこで、隣に座る男が時田だと気付く。
初めて聞く時田の愚痴に、耳を傾ける。
「会社だってそうだよ、俺の記事を修正ばかりして、全く別の記事にしちまうんだぜ?「
…
「写真だけ載せて、さぁ………。」
…
会社に良いように利用されてるんだ。」
詳しい事は分からないが、時田にも色々あるらしい。
「……………。」
知らなかった。
あれだけ恵まれていれば、後ろ向きな気持ちなどとは疎遠で人生気楽で良いだろうと思っていた。
しかし、違ったのだ。
どんな境遇にいても、どんな立場にあっても悩みは絶えないのだ、と……。
早々に店を出て、帰路につく。
時計の針は夜中の2時を指していた。
江宮は歩いて自宅まで帰る事にした。
少し遠いが、歩いて帰れない距離でもない。
「会社に良いように利用されてるんだ。」
時田の愚痴を思い出し、「やはり今は走りたい気分なのだ!」と江宮は走りだした。
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