死と転生

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 その姿は変わり果てていた。倒れた椅子の近くで、父さんの両脚は浮いていた。ズボンの股間には失禁した跡が残っていて、尿がぽたぽたと寝室の畳に落ちて染みていた。だらんと力なく全身は、首に巻かれる輪を作る天井に伸びる一本の太い縄に支えられていた。今でも鮮明に思い出せるほどに、達磨(だるま)のように真っ赤に染まった顔と口から溢れる少量の泡、天井を睨む瞳が恐ろしかった。  胃からこみ上げてくるものに耐えきれず、僕はその場で嘔吐(おうと)した。  次いで、嗚咽(おえつ)もこぼれ始める。窓から入るオレンジ色の夕焼けに照らされた室内に、暗闇にも似た濃厚な影が落ちていた。  恐怖を題材としたリアルな光景に心臓を掴まれ、僕はしばらくの間、警察に連絡を入れることも忘れて泣き続けた。そして、日も落ちた真っ暗な部屋を前で、僕は父さんの死体と一緒にいることが無性に恐ろしくなった。逃げるように家を出て、そこで初めて警察に通報を入れた。  そして今、僕はバイト帰りの道の途中で、猛スピードで迫る2トントラックを前に死を予感していた。これは決して、色あせた世界に絶望しての自殺なんかではない。証明として、道路の道端にはついさっき道路へ飛び出した少年の転んだ姿がある。  夕陽の空に鳴り響いたクラクションとけたたましいブレーキ音の後、僕の体を強烈な衝撃が襲った。その衝撃に体が一気に浮き上がる。僕を轢(ひ)いたトラックの運転手の息を飲む姿から、雲が転々と浮かぶ夕陽に彩られた色鮮やかな空へと視界は流れる。そして浮遊感は失われ、後頭部から落ちていく。そのまま落下した僕の後頭部を鈍い衝撃が走り、僕はそこで意識を完全に手放した。 「さあ、起きなさい」 はっと意識が覚醒する。どこか近くで声が聞こえた気がした。  辺りが真っ白だった。影も無ければ、奥行きすらない、小さな発光体の中にいるような錯覚(さっかく)を覚える光景だ。見呆けていると、突然、トラックに轢(ひ)かれた瞬間がフラッシュバックした。驚いて体を動かそうとする。だがしかし、その体が無い事に気がついた。  よく見れば、僕の体らしきものは眼下を見ても確認できない。それどころか感覚もない。感じたことも無い不思議な感覚にためらいを覚える。
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