第四章 2 白翼妖狐

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 乾いた音がダイニングを反響した。ビンタされた左の頬を触りながら、茫然とミューラ・ビスランディが僕を見つめ返してくる。何一つ分かっていない彼女に、僕は睨み返した。 「ふざけるな! お前らに復讐した後、ブラドはどうなる?! いい加減な事、言ってんじゃねえよ!」  ここで怒りと憎しみに任せて、復讐を果たしたブラドの行く末など、目に見えている。自責の念に圧し潰され苦しみながら生きていくか、はたまた自暴自棄になって、犯罪者として罪を重ねていくかしかない。  そういう性格をしているからこそ、僕はこれほど躍起(やっき)になってブラドを宥(なだ)めているというのに、ミューラ・ビスランディは何も分かっていない。 「いくらキミが人として最低な事をしたとしても、その罪滅ぼしに他人の人生を狂わすなんて、やっていいはずがないだろう? 謝りたいなら、その手段と結果をじっくり考える事だ」 「…………」  ミューラ・ビスランディは、黙り込む。だが決して混乱している訳でも、眉をひそめている訳でもない。ただじっと僕の瞳を覗きこんでいる。なにかを理解するために。  しばしの間、お互いに言葉を交わすことなく、顔を見合わせる。  それから、やっと何かを理解したミューラ・ビスランディが、小さな口を一文字に引き結んだ。 「分かった?」  尋ねる。 「はい」  短い返答。それだけでも、進歩と言えるだろう。か弱い雰囲気を持つ少女の背が、少しだけ大きくなった気がする。  決断は人を成長させる、なんて日本で聞いたことがあるけど、どうやらそうらしい。  とりあえず、休憩を入れてから話し合いを続行しよう。服も着替えたいし、シャワーも浴びたい。 「……よし、じゃあ、シャワーを浴びてきて? 制服は綺麗にしておくから。その後に、もう少し話しあいましょう。今後のことについて」 「あ、はい」  遠慮がちに頷いたミューラ・ビスランディを見送った僕は、魔法を駆使して瞬く間にダイニングを片づけると、シャワールームへと急ぐ。ちょうど、制服を脱いだミューラ・ビスランディの後ろ姿が、シャワールームへと消える。  僕は洗面台のとなりの台に洗いたてのバスタオルを置き、籠の中に丁寧に入れられた紅茶のシミがある制服を手に取り、浄化用の魔法をかけた。
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