第九章 1 兄

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 久しぶりに入った父の書斎は、思った以上に片付いていた。部屋の中央奥にどんと置かれたデスクには、少量の手紙が開いたまま置かれている。部屋の両端の壁には中身の整理された書架(しょか)が並び、デスクの後ろの窓から光を受けている。セレスは外から見られる事を警戒して身をかがめながら、手始めにデスクの引き出しを確認していくことにした。  一段目の引き出しには、インクと羽ペンの予備が無造作に仕舞われているだけだった。次の引き出しは、どうやら手紙と便箋(びんせん)などの道具が、三段目は――魔導器なのだろうか、指輪や杖、クリスタルなどが丁寧に固定されて入っていた。最後の段も期待外れに、大した物は入っていなかった。  落胆する心を引きずりながら、今度は書斎の本棚をくまなく、それこそ全ての書物の題名に目を通しながら探す。しかし、目を皿にして探せど、日記らしきものは見つからなかった。 「無いかぁ……」  セレスは一人ごつ。書斎を見渡して、古い記憶の中の日記の背表紙が無いか投げやりに再度探し、溜め息をついた。日記を隠せそうな場所は、本棚とデスク以外には無く、探す価値のあるところは無いように思う。  では、ここではないとすると、いったいどこだろうか。祖父に関連のある場所と言えば、彼自身の寝室や談話室くらいだろうか。兄が居なくなってまもなく逝ったものだから、交流も無く、何かを深く知っているわけでもないセレスには、それくらいしか思いつかない。駄目もとで行ってみよう。思い、周囲を警戒しながら書斎を出た。  向かうは亡き祖父が使っていたという部屋だ。ナトゥーリア家の屋敷はとても広い。そのため部屋数も多く、祖父が亡きあともそのまま残されている状態だったはず。足早に廊下を渡り、祖父の使っていた部屋へと入り込む。祖父の部屋は、セレスの私室である元子供部屋とは違い、最初に比較的狭い談話室があり、その奥に寝室、衣裳部屋、浴室と続いている。セレスは手始めに、ほこりも無く手入れされている談話室を調べることにした。
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