第九章 1 兄

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 セレスは身じろぎ一つして、衣裳部屋から出てくるであろうタガレットから見つからないよう、ベッド下の奥へと更に入り込む。しばらく潜んでいると、衣裳部屋とバスルームを調べ上げたタガレットが、音も無く寝室へと戻ってくる。そのまま出ていくと思われたが、予想に反し、タガレットの足はベッドへと向く。脇のデスクの前に立つと、それに添って小さく移動した。 「一冊、無い……のか?」  セレスはぎょっとした。日記を抜き取った一冊分の隙間に、タガレットが不審(ふしん)に思ったらしい。ぎゅっと日記を持つ手に力がこもる。  沈思黙考している様子のタガレットは、やがて後ろ髪を引かれるようにして寝室を去った。   *  人目を気にしながら自室へと無事に帰還したセレスは、ベッドの左端に腰かけ、右側の「領地」に一度だけ振り返り、日記へと目を落とした。日記の厚い表紙には、ちょうどブラドとセレスが生まれた十七年前の年が印字されている。  さっそく、日記の表紙を開き、二人の誕生日の日付を探す。――あった、この日付だ。  ――素晴らしい事が起きた。我がナトゥーリア家に二人の孫が新たに加わったのだが、双子の片割れが黒髪赤目だったのだ。これで、ついに我が家の使命が果たされる。――  短く、そう書かれているだけだ。内容も理解出来ない。セレスは他に何か書かれていないかと、次のページへと目を向ける。三日ほど日付は進んでいた。  ――毎晩、夜中に赤ん坊が泣く声が屋敷中に響き渡る。その度に起こされるのだが、まったく苦に思わないのは、何故だろうか。決まっている。元気に育ってほしいからだ。――  この赤ん坊というのは、さっきの文章から察するにブラドのことだろう。セレスのことは記されていない。ページを飛ばす。  ――二歳の誕生日を迎えた。あと十五年。私は生きているだろうか。そればかりが気がかりだ。――  十五年後、ということならば、間違いなく今年だ。セレスはここで、日記の内容に違和感を覚えた。次のページでは、こうだ。
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