影に立つもの

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「はい、しっかり足をバタつかせて~」 「う、うん」  ばしゃばしゃと、ベアリスがプールの水をばた足で泡立てる。  僕は、プールサイドに手をつけてばた足の練習をしているベアリスの隣で指示をだす。 「ほら、お尻が下がってるよ」  ベアリスはそう指摘され、沈みこんでいたお尻を水面へと上げる。それに伴い体も浮いてくる。 「よしよし、その体勢をしっかり体に覚えさせてね?」 「う、うん、水泳大先生……!」  それを20分程こなさせた後、僕はベアリスをプールから上がらせて休憩時間をとらせる。  水中で思った以上に体力を消耗したベアリスは後ろ手に座り込み、太陽の光と熱気で体温を上げている。  僕も隣に座り話しかける。 「どう? いけそう?」 「うん。なんだか大丈夫そう」  少し嬉しそうな表情のベアリスが、僕へと顔を向けて言った。  少女らしい表情のベアリス。普段のボーイッシュな雰囲気はない。 「じゃあもう少し休んでから再開しようか」  僕は笑顔で返した。 ・・・ 「じゃあ、また明日」 「うん! 今日はありがとう! バイバイ!」 「エンジェル、じゃあああねえええ!」  夕刻。まだ日の高いこの季節。僕はベアリスとタルトに手を振り、町の噴水のある中央広場から町屋敷へと歩き始めた。  今日は普段よりも楽しい時間が過ごせた。 (まさか、ベアリスが泳げなかったとは……)  その時に見せたベアリスの表情が、自然と頭に蘇(よみがえ)ってきた。  いつもは少年らしい面持ちだが、今日の、特に休憩をとった時のベアリスの表情は、年相応の幼さのあるマシュマロのように柔らかな笑顔をした。あんな表情、僕は初めて見た。
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