影に立つもの

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「――動くな」  目の前の、花を踏み潰した黒い革のブーツの人物から、枯れたような男性の声が発せられる。  その隣の人物に目を向けながら、僕は訊く。 「あなた達は?」  隣の人物の靴は、一般的な平民の履く安い茶色の靴で、長いこと使っているのかボロボロだった。白いズボンもボロボロで色褪せていて、膝には縫い直した跡が残っていた。 「黙れ。一緒に来てもらおうか」  ブーツの男が答える。 「嫌ですわ。せめて礼儀をわきまえてから……おっしゃって下さいませ」  僕は踏まれた花とブーツに目を戻し、背についた手と、背後で集まっていく魔力に意識を向けて考える。  背後の人物は詠唱をしてはいない。つまり、あとは魔法名を唱えて呪文を完成させればいいだけだ。だが、詠唱を止められるのは長くても1分間。あと少し粘ればいい。  その考えが的中したのか、魔力にブレが生じ始める。 「っ! てめぇ! 立場が分かってねぇみたいだな!?」  枯れた声のブーツを履いた男が怒鳴り声を上げ、右足を上げる。そして上げられた右足は、僕の左の側頭部へと向けて振り切られる。 「きゃあ!?」  一応女の子らしい声を上げて右側へと倒れ込み、左手を蹴られたところに当てる。  まぁ、魔力装甲を常時展開している僕には全く効かないけどね。てか、蹴った男が右足を強ばらせてる。鉄を蹴った感触がしたんですね、残念でした、お大事に。 「へへ……、一緒に来てもらうぜ?」  余裕のある声調。僕は蹴った男を見上げる。  枯れた声の男は、まるで落ち武者のような髪型をしていて、手入れのされていない髪はフケと汚れでまみれていた。そして頬は痩け、下卑(げび)た笑みで見える歯はいくつも抜けている。
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