影に立つもの

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 表紙をめくった1ページ目の中央には、彼の名前と思(おぼ)しき文字が書いてあり、その下には生年月日が記されている。  “チューリッヒ・ナヌス”。どうやら彼の名前らしい。確認してみよう。 「君の名前はチューリッヒ・ナヌス、でいいのかしら?」  そう聞くと、男はぎょっとして目を見開く。どうやら図星らしい。 「なんで俺の名を知っている!?」  チューリッヒは語気を荒げて聞いてくる。 「この魔法具の能力だよ。さて、先ほどの質問で嘘はつきましたか?」  僕はチューリッヒに目を向け、質問を投げかける。 「つきました――はっ!?」  やはりついていたか。僕はうろたえるチューリッヒを余所(よそ)に、質問を続ける。 「どう質問に嘘をついたの? ほんとうは?」 「屋敷にも仲間が行ってる――はぁ!? どうなってやがる!?」  ほう、それが嘘か。僕が加勢に行くのを遅らせるためか、はたまた何も知らない僕を捕えるためか。どちらにしても女中たちの身が危ない。  僕はチューリッヒの顎(あご)を『八百万(やおよろず)の契約書』で殴り気絶させる。 (こいつらを放置しておくのはいささか危ない……。何か……)  そう考えるも、いいアイデアが浮かばない。 (せめて通行人かギルドの人が……あ、僕、ギルドの人間だったわ)  僕はそのことに気づくと、彼らに呪文をかける。 「洞窟(どうくつ)で眠りしヒュプノスよ、安らぎなき者へ一時の安息を約束したまえ、眠りの霧」  僕の詠唱によって、僕の周囲に薄い霧が発生して漂い始める。その霧は奴隷商たちを次々と呑みこみ、瞬く間に眠りにつかせた。  奴隷商7人全員を眠らせた僕は、その霧の中ですばやくローブを召喚(しょうかん)して身にまとう。フードを目深く被(かぶ)り、ローブの内ポケットの中にギルドカードが入っていることを確認する。 「あ、あ~。よし」  変声魔法を喉元にかけてエドワード・クラウソラスの声にする。 「転移」  そして僕は今さっき立ち去ったばかりの町へと戻った。
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