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世が世なら、康子はこの男を手打ちにしていた所であろう。康子は胎で舌を打ちをすると、いかにもと答えた。
「いかにも。して、そちの名はなんとする。狼藉者に名乗るほど、この康子、安くはないぞ」
「いや、御噂通りで御座いますな」
ひひっと又小男は媚びるように笑った。
「私のような下郎には貴女様に名乗る名など御座いませぬ。ただ、仲間うちでは耳次と呼ばれてはおりますが、それも貴女様には関係のないお話でございまする。私めは、貴女様をお連れするようにと、とある気高いお方に金で雇われた下賎に過ぎませぬよ」
「気高いお方・・ねっ」
にじりにじりと間合いを詰める耳次に、康子はつぅっと背中に汗をかいた。蒲をつぶしたような顔をしたこの小男は、かつて遠い遠い昔に見た、人を殺した男達の目をしている。
「さあどうぞ、お連れしますゆえ。私めの車にお乗りください。汚い車ではありますが・・・さぁ」
にじり。
また一歩、耳次が近づく。
半身体を後ろにそらす康子。
「断ると言ったら?」
「残念な話でございますな、手荒な真似はしたくはありません」
耳次が懐から出したドスが鈍く光るのを康子は見た。
「お主ら、気でもふれたか?この白昼の往来でかどかわしなど、ただのたわけとしか思えぬわ」
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