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「ねえ、聞いてる?」 「え? ああ、うん」 「聞いてなかったでしょ」  時計から目を離し、もー、と不機嫌にむくれるマサを見る。怒りかたが幼稚園の頃から全く変わっていないので、思わずくすりと笑ってしまった。 「あー、近くにできたラーメン屋のことだよな」  適当に取り繕った話題を口にしておどけてみせる。勿論間違っていることが前提、冗談だ。  マサはやっぱり昔と同じ顔でふくれ、それから少しだけ歩調を早めた。マサの歩幅は狭いので寧ろ好都合だったり。 「あの鳥のこと。元気になって、昨日窓から飛んでっちゃった」 「……あー、」  あの鳥か。……こんなときは何て言えば良いんだろう。良かったねだろうか、残念だねだろうか。取り敢えず気が気じゃないのであと4分、いや3分だけ待ってください切実に。 「なんかね、生きてて良かったなー、って」  マサの唇から言葉が零れ、空気を少しだけ震わせて溶ける。電器店のショーウインドウに建ち並んでいるテレビ画面は、全て昨日外国で起きた『ビル倒壊事故』の映像を映していた。  3日前に取り上げられたハト大量死事件や、ある高校の体育館の天井が落ち、犠牲者がひとり出たという一昨日の事件はあっさりと忘れ去られたようだ。  ある専門家はビルの耐震性について熱弁を振るい、ある専門家はテロの可能性を示唆している。……でも理由は簡単、極めて単純明快なものだ。  だって、白かったから。  白かったから落ちた。なんて簡単な理由だろうか。  ごう、と空気を切る音が鼓膜を震わせた。周りのひとが皆上を見上げてざわついている。同じように空を仰いだマサは言葉を無くし、手袋で口を覆った。 「…………え?」  つられて上に向けたその視界の中に、思わず目を疑ってしまうような『白いもの』が映った。  
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