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不特定多数の人間の叫び声や嘆き、驚きの声や好奇の声、それと空を切る轟音が頭の中でいっぺんに響く。
それは白い飛行機だった。いつも見る飛行機よりも大きく、機体の形や翼までしっかりと見える。そこまでは……そもそも此処に空港なんて存在しないけれど、その機体だけ見れば「着陸が近付いてきただけの」飛行機だ。
上下が逆になっている以外は。
「……や、」
飛行機雲の代わりに黒い煙の線が穿たれる。羽を上下左右に振るその姿は打ち上げられてもがく魚とよく似ていた。遠ざかっていくのと比例して降下する機体。マサが掠れた悲鳴を漏らし、何かが胃の中でごろりと蠢いた。
飛行機は東京湾の方向へ向かって吸い込まれるように墜ちていき、――かちり、時計の針が5時ちょうどを指した。
「…………落ちた、」
俺は誰にも聴こえないように呟き、鞄の中に突っ込まれているメモ帳を引き抜いた。ぱらりとそれを捲り、「ハト」「体育館の天井」「ビル」と続く文字の羅列にひとつだけ単語を書き足す。
「帰ろ、マサ」
メモ帳をバッグにしまい、愕然としながら肩を震わせるマサの腕をそっと引いた。強張るその腕を引き、マサの家へと足を進める。人混みの中をすり抜けながら歩く間、俺もマサも何も喋らなかった。
今日も自分とマサは無事だった。沢山の人が死んだ筈なのに、落ちてはいけないものが落ちた筈なのに、何故だかほっとしている自分がいる。目の前のものを守るので精一杯なのだ。
マサを家に送り、ベッドにばたんと倒れ込む。救急車とパトカーのサイレンが微かに聴こえた。沈黙した電灯と埃を被った漫画雑誌の山。薄暗い部屋の中、白い枕に顔を埋めながら大きく息を吐く。
………あー、
「死にたくないなー……」
そうして俺の『今日』は何の代わり映えもせずに終わりを告げた。
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