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『The World』―。
ネットゲーム。
仮想世界。
仲間との冒険。
魔典を用い戦う自分。
和服姿の錬装士。
黒髪の撃剣士。
そして―あの時聞こえた声。
「おーい、初木?」
「…ん」
「口、開けっぱ」
「あ」
『初木』と呼ばれたのは、少し長めの黒髪と切れ長の目が特徴的な黒縁の眼鏡を掛けた青年だった。名前は初木 奈緒(うぶき なお)という。
白のシャツに紺色のネクタイを締め、グレーのカーディガンを着ている。
寒いのか、少し猫背気味になりながら座っていた。
自分の表情を探る友人二人と目が合うと、少し咳払いをし、脚を組んで座り直した。
口を開けて考え事なんて、これは少し油断してしまったなと感じてしまった。
「お前があんな顔するなんて珍しいな」
「ポーカーフェイスを崩さないのも疲れるからね」
「あはは、クールキャラ保つのも大変だよな」
「そんなつもりは無いんだけどね」
上の空になっていた理由が尋ねられはしなかったが、初木は内心ほっとしていた。
上の空になっていた原因が、向かいの席に座る学生が持っていたゲーム誌に気を取られていたからなんて。
茶髪の友人と黒髪の友人は、そんなことを考えている初木の表情には気づかなかったようで、再び初木を交えての談笑を始める。
初木は談笑の合間を見て自分の携帯電話に目をやった。待受画面の時間表示の横に見えたのは、新着メールの通知のマーク。
彼は差出人の名前を見た後、携帯電話を閉じると二人に目を向ける。
そして突然、何かを言い忘れた、とでも言いたげな表情で二人を見据えた。
「あー、そうそう」
「へ?」
「必修の課題のことだけど、来週の金曜日の17:00までにメールで送信しなきゃいけないらしいよ」
「あ、そーだっけ?」
「そう。じゃあ、僕はこれで」
「あれ?初木、もう降りるのか」
気づけば初木は立ち上がり、荷物をまとめ終わっていた。
彼が降りる駅はあと三駅は先だった筈。
それを知っていた友人二人は少し不思議そうな顔を初木に向ける。
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