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「うん、今日は行くところがあるから。じゃあ、また明日」
当の初木本人はそんな二人の様子を気にする様子もなく、そう告げると少し足早に立ち去った。
混みつつある車内の中を人と人の間をすり抜けるように、入口まで歩けば、彼は振り返り、二人の友人に手を振った。
ホームに降り立ち、初木は荷物を抱えて階段をかけ降りる。
人で混み合う駅の中、少しでも早く先に行きたいと感じ、自然と歩みが早くなる。
その表情には普段の物静かな彼からは見られない、どこか期待に満ちた感情が見えた。
着いた駅から歩いて数分、初木は人通りのそれほど多くない通りを歩いていた。
そしてとある店へたどり着くと、軽くネクタイを整えてから店内へ足を踏み入れた。
其処は落ち着いた雰囲気のカフェ。
店内の内装や家具はブラウンで統一されており、ピアノの旋律を主とした心地よいBGMが流れている。
初木は店内の一番奥の窓際の席に座る。アクティブバッグと鞄をソファに置いたところで、聞き慣れた少女の声がした。
「あ、いらっしゃーい。今日やばい寒かったけどだいじょぶ?…っていうか今日もお勉強?医学生は大変そーだねっ」
「オールドファッションとアールグレイ、お願い」
「はいはーい。…ってわたしの心配は無視?」
「心配してくれてどうもありがとう、エリー」
初木の来店に気付き、カウンターから顔を出したのは、初木がよく見知った少女―店員のエリーだった。
『エリー』と言うのは初木が勝手に呼んでいる渾名で、本名は蓮見恵莉乃(はすみ えりの)と言う。
恵莉乃曰く、『エリー』の『エ』の表記は『ヱ』がいいらしい。彼女自身に譲れないこだわりがあるようなので、初木はメール等でそう表記するように心がけている。
恵莉乃は、特徴的な大きな目のおかげで少し幼く見える。だが親しげな態度からして、初木と同い年のようだ。
彼女はセミロングの緩くウェーブのかかった茶髪を軽く結い直してから、少々コスプレ気味な黒のウエイトレス服の裾を揺らしつつ、初木の元に近づいて来ると微笑んだ。
「ちょっと待っててね、今準備するから」
「うん。今日オーナーさんは?」
「今は出掛けてていないよ。買い物に行っちゃったみたい」
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