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龍一が部屋を出た直後、階段を駆け上がって来るように、一階からスパイシーな良い香りが鼻に届く。
「今日はカレーライスか」
龍一の母が作るカレーは実に美味い。
商店などで売られている出来合いの固形ルーを使わずに、幾つものスパイスを混ぜ合わせた本格的なカレーを作るのだ。
作り方は料理本で習ったものに、更なるアレンジを加えたオリジナルの一品らしい。
龍一の母は、基本的に何を料理しても美味く作る。
結婚する前の夢が、料理師になることだったらしい。
「かあさん、ご飯まだぁ」
階段を駆け下りた龍一が、そう言いながらリビングに入ると、テレビ前のソファーには、雑誌を片手に持った姉の虎子が座っていた。
龍一がリビングに入って来ても顔すら上げない。
GパンにTシャツ。黒髪を腰まで伸ばしている。
家にいる時は随分とラフな格好をしているが、出社時は堅苦しいレディーススーツに身を固めたガチガチの公務員だ。
短大を卒業後、市役所に勤めている。
性格はかなりキツイ。
「龍~く~ん。お父さんがまだだから、先にお風呂に入ってきなさい」
台所に立っていた母が振り返ると我が子に微笑みながら言った。
地味な服装にエプロン姿の母は、今年で三十九歳である。
十九歳の時に姉の虎子を出産した。今の姉と同い年にだ。その二年後に龍一を儲けた。
しかし二児の母とは思えないほどに容姿は若々しい。
見た目には、二十代後半にしか見えない。
近所の人には、奇跡の三十九歳と呼ばれているが、性格はおっとりで、時折じれったくもなる天然キャラだ。
母のつかさと姉の虎子は、歳にして二十歳近くも離れているが、並んで歩けば姉妹にしか見えないのだ。
美形なのか化粧が上手いのかは龍一に判断できないが、顔もスタイルも綺麗で良く似ている。
だが、性格だけは似ても似つかない。
「ねえちゃんは、風呂入ったの?」
「入った」
ファッション雑誌を読む姉が、素っ気なく答える。
龍一は、なんだかしらけてリビングを出た。
姉との会話は、ここ最近いつもこんな感じである。
昔は弟思いで龍一を可愛がり過ぎて苛めになるぐらいかまってくれていたのに、いつの間にか冷め切った兄弟関係になってしまっていた。
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