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この通いなれた本屋ビルの前で、龍一が足を止めた理由は、本屋の入り口から離れた端に、小さな机に行灯と水晶玉を乗せて、椅子に腰掛けた老婆の姿があったからだ。
小さな机の前には、A4サイズの紙で『占い、五千円』と書かれていた。
「占い師か……」
とても気になる老婆であった。
矮躯の背を丸めて、ただじっと椅子に腰掛けている。
その顔は皺だらけで頭も白髪であった。
老婆の前を幾人もの歩行者が過ぎていくが、誰もが老婆に視線すら向けず無関心だった。
龍一の足は、自然と老婆のほうに進んで行った。
「占いですか?」
老婆に声をかける龍一。
声をかけてから自分でも驚いた。
どちらかといえば人見知りで内気な自分が、進んで見ず知らずの人に声をかけるとは――。
上から見下ろすような龍一を、老婆がゆっくりとした動きで見上げた。
細い目から僅かに黒目が見える。
「お客様じゃあないよねぇ」
老婆が言った。
龍一は、思わず「うん」と一言返す。
客ではない。
千五百円しか持っていない。
五千円は月の小遣いに匹敵する金額だ。
幾らオカルト好きでも占いなんかに一ヶ月分の小遣いは使えない。
では、何故、自分は、この老婆の前に立って、声までかけてしまったのだろう、と疑問に思った。
その疑問に自分で回答を出すよりも早く老婆が話を続ける。
老婆の声は、乾いているが穏やかで優しかった。
「じゃあ、欲しいのかい?」
「欲しい?」
「違うのかい?」
何かをくれるというのだろうか。龍一は僅かに首を傾げた。
「貴方は、超能力が欲しいのでしょう?」
「えっ?」
ハッとする龍一。
唐突な言葉だった。
超能力とは、やはりあの超能力のことだろう。
サイコキネシスとか、テレパシーとか、テレポーテーションとかだろう。
何故に占い師の老婆が、唐突にそのようなことを言い出したのか理解ができなかった。
だが、龍一の心にイカヅチが落ちたような衝撃が走る。
超能力とは、オカルト好きの龍一が欲してならない夢の力であった。
家の勉強机の上で、何度鉛筆を手で触れずに動かそうと念じたことか――。
授業中、隣の列の四つ前に座る女子生徒に、振り向いてくれとテレパシーを送ったことか――。
放課後、女子新体操部の更衣室を遠目に、分厚いコンクリート壁を透視しようと試みたかとか――。
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