ドラゴンとパンツと闇の謎

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頭の中の霧が晴れていく。 耳に町の雑音が蘇りだした。 目の前には、あの婆さんがいた。 椅子に腰掛けたまま呆け眼の龍一を、満面の笑みで見上げている。 「い、いまのは……」 純白の空間に現れたドラゴン。 そして、パンツの雨。 この婆さんが本当に超能力をプレゼントしてくれたのならば、あれは幻覚でないだろう。 自分で見たのだ。確信できる。 ドラゴンとパンツ。おそらくあれは、龍一が授かった超能力と、新たなる趣味の片鱗。 ドラゴンはカッコ良かった。 しかし降り注ぐ沢山のパンツは……。 それを思い出した龍一の顔が、不安に濁る。 「どうかしら?」 龍一を見上げる老婆が言った。 自分の両掌を眺める龍一だったが、何か変化があったようには感じられなかった。 「超能力が、本当に授かったのでしょうか?」 「そうじゃなくて」 首を傾げる龍一。 「な、何がですか?」 「私を見て、トキメキを感じないかしら?」 「ときめき……ですか……?」 苦笑いと共に訊き直す。そんなもの、微々たりとも感じるはずがない。 しかし老婆は、何かを期待するような眼差しで龍一を見上げていた。 「そう、トキメキよ。私を見て、キュンと来ない?」 「きませんが……」 龍一が素直に答えると、老婆の顔がどんよりと曇りだす。 肩から力が削げ落ち落胆に沈む様子がよくわかった。 「またハズレなのね。今度こそうまくいけばと思ったのに……」 そう呟きながら椅子から立ち上がった老婆は、そそくさと後片付けを始める。 椅子から立っても、座っている時と背丈が変わらない。かなり矮躯のようだ。 椅子や机を折りたたみ水晶や行灯を鞄の中に仕舞いだした。 「ど、どうしたんですか……」 「今日はもうおしまい。疲れたから帰るのよ」 後片付けを終えた老婆は、荷物を背負うと駅のほうに歩き出した。 龍一は、とぼとぼと歩く老婆の後姿を見送る。 老婆も疲れたと言っていたが、何故か龍一も疲労感を強く感じていた。 体全身が重いし、頭にまだ靄がかかっている気分が続いていた。 ガラス越しに本屋の店内を覗きこむと、三日月堂の店長が本棚の整理をしているのが見えた。 「今日はやめておこうか……」 立ち読みが目的で三日月堂書房に立ち寄る積りだったが、ここまで来て気分が乗らない。 龍一は、踵を返して駅を越えるための跨線橋を目指す。
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