犬が死んだ日

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「質問だ。犬と人間の違いは何だと思う?」 「え? そんなの、いくらでもあるじゃないですか」 「たとえば?」 「いや、だって、犬は犬ですよね」 「質問を変えよう。どうすれば、犬は人間になれると思う?」 「え……?」 「答えは簡単で、人間と同じ宗教を持てばいい。たとえば、食事の前に祈りを捧げるとか、クリスマスにはケーキを買ってきてシャンメリーをあけるとか」 「シャンパンじゃないんですね」 「それが我が家の宗教だったんだよ」 「うちの宗教だと、クリスマスはケンタッキーです」 「そういう宗教が、人間を人間にする。犬も同じだ」 「よくわかりませんけど、人間になって何か良いことでもあるんですか?」 「犬を飼うことができる」 「わたしはネコのほうが好きです」 「残念な宗教だ」  すべての犬の起源は狼で、この有用性に目をつけた人類が改良に改良をかさねたすえ、現在の犬が完成した。この品種改良の歴史は、あらゆる科学技術の発展と比較しても遜色ない。  犬は人間に従うことで幸福を感じる、唯一の動物である。そのように、人類が仕立て上げた。犬の精神構造の隅から隅まで、人の手によってデザインされたものなのだ。  このデザインはあまりにスマートかつエレガントなので、人類自身そのことを忘れている。犬が賢いのも、犬が従順なのも、犬が愛らしいのも、なにからなにまで人工的に作られたものだ。耳から尻尾まで、魂にいたるまで、人の手が加えられていない箇所はない。人類の英知の結晶だ。  だが人類は犬を利用することしか考えなかったので、犬に宗教を教え込むことはなかった。  そうして、あらゆる犬は犬のまま死んでゆく。その生涯のなにもかもを人間のために費やして。
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