夜行

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足りない。 足りないよ。 水が、風が、酸素が、音が、自分が。 求められてるのに。 学力、カリスマ性、容姿、愛情。 流れ落ちて行く。ただそれを見てるだけ。 全部流れて、黒くてどろどろした所に溜まっていく。 そこはあたしの快楽、絶望……… 「陽子?陽子っ!」 誰?眩しくて見えないよ。 頬を引っ張られて、ぺちぺちと叩かれる。 影になって見えなかった人形は、あっと言う間に馴染みの形に変形した。 「いつまで寝てるつもりだ。」 「壱人が起こしてくれるまで。」 額に手をやって、髪を掻き上げるあたしを見て壱人は顔をしかめた。 「五、六限の授業もちゃんと起きてろよ。」 「んー、壱人が起こしてくれるなら。」 少し上目遣いで横を見ると、壱人は頬の色を変えて無理に空を仰いだ。 単純か、可愛い。 壱人の髪を撫でたり梳いたりしていると、彼がふいにあたしを見た。 何を見てるんだろう。 壱人の目にも、あたしの黒い小さな溜まりが見えるのだろうか。 嫌だ、見るな。 あたしの中は、あたしだけが知るんだ。 沈黙が、地面を這った。 ふっと壱人が目を細める。 分かってるよ、とでも言いたげに。 「壱人…あたしが好き?」 「……変な事聞くんだな。」 「あたしは…壱人が好きだよ?」 壱人が笑う。綺麗な顔が少し歪む。 折り紙に最初の折り目をつけるみたい。 「…俺って単純だな。」 壱人の指があたしの唇をなぞる。 その唇から落ちる何かを掬い取るように、二つの唇は重なった。 平穏を乱す呼吸。 あたし達は黒に飲み込まれる。 あたしの夢に二人で堕ちる。 悪くないんじゃない。 チャイムが鳴った。
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