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彼女はその手に持っていたデッキブラシを僕に渡すと、自分は用具入れの中から柄の付いたたわしを手に取り便器の方へと向かった。 僕は用具入れに併設された水道でバケツに水を汲み、手洗い場の上に置いてあったクレンザーを手に取りタイルを磨き始めた。
お互い無言のままシャカシャカとブラシとタイルが擦れる音のみが響いていた数分後、彼女の方から声をかけてきた。
「なんで断らなかったの」
「僕、みんなが好きだからさ。あいつが僕にここの掃除をやってほしいってお願いしたから断らなかったんだ。ほら、僕が断ると他のみんなが迷惑することになる。人に嫌われることはしたくないんだ。みんなが好きだから」
「それって、ただ他人に利用されてもいいってこと?」
「利用するとか、あいつはそんな悪い人じゃないよ。ただ僕は他の人が嫌と感じることを嫌と思わない。それがまた僕の世界で貴重な経験になると知っているからね」
「でも、あなたはみんなが好きと言いながら、他人を見下しているわよね。拓海くん」
タイルを磨いていたその視線を彼女の方へ向けると、一つ結びを解いた小林さんが吹き抜けの窓を背に髪をなびかせ、たわしを持っている左手をぶらんと下げ、もう片方を腰に当てて立っていた。
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