三番街の処刑人

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悲鳴のあった路地裏に駆け付けると、そこは正に地獄絵図だった。 壁に飛び散った血痕、血の海に染まった路面。そこには腕や足、胴体といった四肢や首が、バラバラ死体となって無数に転がっている。 そして、その中心に立つのは、返り血を浴びたひとりの男。手に持つナタ包丁からは、溢れんばかりの血が滴り落ちている。 楝は、死体の様子を見た。複数人と思しき数と、腕の横に転がっていた拳銃。あの刑事が部下を三人連れているといっていたので、恐らくは彼ら“だった”ものたちのものだろう。 これが、奴等を甘くみた者の末路、といったところか。 すると、こちらに気づいた男が、楝の方へと振り返った。その顔面にも、返り血と思しき血痕が、生々しく滴っている。 「……今日は随分ツイてるな。こうも次々と、獲物の方からお出ましとは」 「……おまえだな。三番街の処刑人と呼ばれているのは」 「……ほぉ。あの有名なダークナイトにまで知られているとは、光栄だな。俺の名も、随分有名になったものだ」 そういって不気味な笑みを浮かべる男。良隆の話では、警察が長年追うほどの殺し屋だときいていたのだが、この男は何かが違う気がする。 「……その割には、死体の扱いが随分とお粗末じゃないか。本当に伝説の殺し屋なのか?」 「さあ? 俺はただ、肉を切るのが大好きなだけ。中でも人の肉を切る感触が堪らなく好きなんだ。だからさ、前からずっと思っていたんだよ。伝説のハンター、ダークナイトの肉を切り裂いた感触を味わってみたいってなあ!」 その言葉と同時に、男は瞬時に距離を詰め、ナタ包丁を振りかざしてきた。 持っていた心具でそれを受け止める楝。しかし思いの他威力のある一撃に、数歩分押し戻されてしまう。 ーーこの……! 楝は力を込め、相手の一撃を勢いよく押し返す。押し返された男は、その反動を利用すると楝から少し離れた位置に着地して見せた。 「思ったより良い反応だ。女の身でありながら、あの一撃を押し返すか。……クク、良いねえ。そうこなくっちゃなあ!」 再度楝の間合いに入り、男は連続でナタ包丁を振りかざす。だがしばらくして、男はある違和感に気がついた。 楝が、全く反撃してこないのだ。 振り払う素振りは時折見せるも、ほとんどの攻撃に対して見せるのは、回避が防御のみ。秘術を使う気配もない。明らかに防戦に徹した動きだった。 「……おいおい。あんた、本当にあのダークナイトか? 伝説のハンターって聞いていたから、もう少し骨がある奴だと期待してたんだがな」 呆れた素振りを見せる男。しかし楝は、問いに答えることもせず、無言で男を見つめるのみだ。
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