2人が本棚に入れています
本棚に追加
女の子は相変わらず俯いていたが、どうやら遼平の気配に気づいていたらしい。
『…気付いていたのかい。すまないね、びっくりさせちゃったかな?』
遼平はなるべく、穏やかなトーンで言った。急に話しかけられて驚いて心臓がバクバクしていたが、それは悟られてはいけない。
なるべく平常心を装った。
『こんな所に居たら危ない。とにかくこっち側に戻って来るんだ。』
遼平は言いながらまた数歩近付いた。
『危ないって…そんなの分かってるし。だって私、本当に死ぬつもりだから。』
そういうと女の子はゆっくり振り返った。
風に靡く黒い真っ直ぐな髪と、パッチリしていてやや黒目がちな瞳。
丸みを帯びた鼻と薄い唇。それらを囲む小さい輪郭。
ごく普通の、可愛らしい女の子だった。
こんな可愛らしい娘が、今ここで自ら命を絶とうとしている。
遼平は、胸がグッと締め付けられる感覚を感じた。
女子高生の説得は初めてではなかった。何度か経験して、全て思いとどまらせる事が出来た。
しかしー…
この娘は、これまでの娘たちとは違う何かを感じた。
本当にこの世の全てに絶望しているような、悲観しているような、小柄な体全身から出ている悲しみのオーラを。
体が急速に冷えて行く。
喉がカラカラに渇いて、上手く声が出ない。
『いいか、馬鹿な事は考えちゃダメだ。
君には、これから長い人生が待ってる。その中で結婚したり、子供ができたり、幸せだと思える事がきっと沢山あるはずだ。』
遼平はどうにか声を振り絞った。いつもは、頭の中で文章を作ってから、計算しながら喋るのだが。
なぜか上手く頭が回らなかった。
いつものような余裕も一切感じられない。
『死んでしまったら、もうお終いになる。
悲しむ人も居るし、苦しむ人も居る。それに』
遼平は息を吸って続けた。
『悲しいけど、死んでしまった人の事はきっと、いつか忘れてしまう。
君が生きていた事が忘れられてしまうなんて、そんなの、悲しい事だよ。だから、死んじゃダメなんだ。』
言ってる事が多少おかしいのは分かっていたが、これを言うので精一杯だった。
女の子は遼平をじっと見ながら、少しだけ微笑んだ。
『おじさん優しいんだ。学校の先生も、親も、周りの大人はみんな、死ぬのは良くないって言う。頑張れ、何でも相談していいから。って。
でもね、私、それが本心じゃないって気付いてる。』
最初のコメントを投稿しよう!