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非常階段を駆け上がりドアを半ば体当たりするように開けると、目の前が開けた。
屋上は広々としていて、何かのアンテナ、エアコンの室外機、何やら分からない植物が植えられたプラスチック製のプランター、このビルで働くビジネスマンが休憩するのであろう古く塗装の剥げた木製のベンチと、スタンドタイプの灰皿が点々と置かれているだけで、13階建てのビルの屋上からは東京の夜景が360度のパノラマで見渡せた。
方角的に恐らく、晴れた日の明るい時間帯に右を向けば墨田区に建設された東京の新シンボル。東京スカイツリーが遠くに見えるはずだ。
しかし……今はスカイツリーを探している場合ではない。
遼平は左に目をやった。
遼平から7メートル程先だろうか。屋上を囲むように張り巡らされている転落防止の2メートルを超える柵の外側に、地上40メートルの強風に吹かれて今にも飛び降りそうな人影があった。
ーあいつか。今回の相手は。
遼平がそっと近づくと、その人影は(くたびれた紺色のスーツを着た40代の男だ)気配に気付き、驚いたように振り向いた。
『くっ、来るなぁあぁ!頼む、死なせてくれぇ!』
遼平を視界に捉えると、男は目を見開き怯えたように叫んだ。
『…落ち着いて下さい。何があったか私に教えて戴けないでしょうか?』
遼平はゆっくりと、少しトーンを抑えて男に訊いた。
その1、この手のリストラサラリーマンは、まず時間稼ぎをする事。大概は本当に自殺する勇気なんぞこれっぽっちもないから、考える時間を少しでも与えてやりゃあ思いとどまるさ。楽勝。
遼平は今までの経験と照らし合わせて、言葉を選びながら慎重に男に話しかける。
『何があったか分かりませんが、死ぬのは良くない。あなたが死んで、きっと悲しむ人がいます。』
その2、まず情に訴える。これぞ説得の定石。この手の奴らの一番怖いのは、勢いだけで飛ぶパターンだが、家族や恋人の顔を思い出させてその勢いを奪ってやる。しかし恐らく、相手はこう返して来るだろう。
『あ…あんたに何が分かるっ!15年以上勤め上げてきて急にリストラだぞ!?
明日から俺は無職だ!40過ぎて再就職なんて、そんなのムリに決まってるだろう!?住宅ローンも残ってる。もう死ぬしかないんだよ!』
はい、正解。ならこれでどうだ。
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