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11月になるというのに、ここ数日、気温は25度を超えている。 例年なら早くも冬を意識した格好をした若者やコートを着るサラリーマンも多いはずだが、今年は今だに半袖で歩いている人も少なくない。 津川遼平は、街を歩く他のサラリーマンと同じようにスーツの上着を肩に引っ掛けて額にうっすら汗を滲ませて歩いていた。 警視庁生活安全部、生活安全課に所属する遼平は、殺人を担当する捜査一課の刑事たちのように私服で行動する。 生活安全課の中であまり居ない私服で職務にあたる警官だ。 その理由はスーパーやデパートでの私服警官としての巡回や、ストーカー被害に悩む女性の周りの監視など、制服では何かと不便な職務を主に行うためだが、スーツだと逆に目立つ事も少なくない。 つまり捜査一課の管轄外、殺人事件の捜査以外の事は大抵やる便利屋という事になる。生活安全課というのは。 それと遼平には、警視庁内で呼ばれる『あだ名』が存在する。 『説得人』 遼平は同僚や上司、他の課の警察官からもそう呼ばれていた。 自殺をしようとしている人を説得して思いとどまらせるー… 遼平は元々口が巧く、学生の頃は演劇部に所属していた事もあってすぐにこの『説得人』としてのポジションに就いた。 上司の前原課長直々に任命されたのだから仕方ない。 説得任務については遼平自身嫌いではなかったし、寧ろ自殺を思いとどまらせて人生をやり直すチャンスを他人に与えるという事に関しては多少の優越感を覚える事もあった。 つまり、遼平は説得任務が好きだった。 定期巡回のスーパーやデパートを何件か周り、遼平が警視庁に戻る頃には、生活安全課の中ですっかり昨日の事が話題になっていた。 『只今戻りました。定期巡回、異常ありません。』 『おぉ~、遼平!聞いたよ。また昨日も一仕事したんだって? いや、さすがは説得人!』 遼平がデスクに着くなり、課長の前原がゴルフ焼けで黒くなった顔をニヤニヤさせながら歩み寄って来た。 前原は今年で53歳になるはずだが、体格はガッシリしていて、目つきも警察官ならではの鋭さを持っているため年齢以上に若く見える。 『昨日の相手は44歳のリストラサラリーマンだったって? 最近はリストラされたぐらいで騒ぎ立てて死のうとするバカたれが増えて大変だろう。説得人はヒマにならんな』 黄色い歯を見せながら前原は笑った。
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