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『不景気ですから、あの年齢で職を失ってしまうと再就職も難しいでしょうしね。
まぁ気持ちも分からないでもないですが、安直に死を選び過ぎですよ。
おかげさまで、睡眠不足が続いてます。』
遼平はわざとらしく体を伸ばし、大きな欠伸をした。
『まだ有給残ってるだろう。落ち着いたらゆっくりしたらいい。』
前原の言葉に、はい、と短い返事をして遼平は生活安全課の隅にある古いコーヒーメーカーでコーヒーを煎れた。
安い豆だが馴染みのある香りが鼻腔を刺激する。
コーヒーにこだわりはないから、ただ苦くて目が覚めれば良い。
デスクでコーヒーを飲んでいると、後ろから軽く肩を叩かれた。振り向くと、同期の森本純也が居た。
『昨日はお疲れさん。』
『あぁ、課長に訊いたのか?ありがとう。
まだ楽な方だったよ、今回は。』
『相手が素直で良かったじゃないか。俺なら44歳でリストラされたら発狂して飛び降りるね。間違いない。』
『俺たち警察官はリストラの恐怖を感じないからな。一般企業に勤めてる人なんて次は自分かも、って縮こまってるさ。』
それを聞いて純也は声を殺して笑った。笑うと、俳優の谷原章介に似ている。
本人も髪型等少なからず意識しているだろう。
そのため、森本純也は遼平と同じ30歳であるが女性職員からの人気が物凄くあった。遼平も恋人はいるが、純也の人気には少なからず嫉妬してしまう程だ。
『なぁ、遼平。今日久しぶりにどうだ、一杯。』
純也がビアグラスを煽るジェスチャーをした。
2人が配属されたばかりの頃は良く呑みに行ったものだが、最近は遼平の説得任務が忙しくなかなか時間を作れずにいたため、唯一の同期の純也と呑む機会も少なくなっていた。
『最近、全然呑みに行ってないだろ?久しぶりにさ。気分転換にもなるし。』
『悪い、純也。今日はちょっと予定が…』
遼平は顔の前で手の平を合わせ、純也に軽く頭を下げた。
『お、もしかして優子ちゃんか?』
純也が訊いた。
『最近会ってなかったから、今日会えってうるさくてさ。
また来週にでも誘ってくれよ。次は絶対行くから。』
『へぇ~、説得人が彼女に説得されてるのか。
まぁ確かに最近お前全然優子ちゃんと会ってないだろうしな。
分かった、また来週誘う。今日は他の課の女の子でも誘うわ。』
そう言って純也はすぐ隣の地域課に消えて行った。
お前、フットワーク軽すぎるだろ…
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