彼、甘くない

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「来て下さい」 掴んだ腕を離さずに、トレーの前まで連れて行くと、先輩は床に落ちたクシャクシャになったメモを拾い上げた。 「……何かあったの」 「アルバイトが俺のこと馬鹿にするから」 「え?」 「初心者だからって、あのアルバイト、俺のこと馬鹿にしたんです」 視線を感じ、無性に恥ずかしくなって下を向く。 同じように笑うのか。 馬鹿にしたければ、すればいい。 ――でも一向に声は聞こえず、顔を上げると、先輩はメモを見ながら道具を揃えている。 「笑わないんですか」 「どうして。皆最初は分からないよ。駄目だね、その店員さん」 いつもビクビクオドオドしているように見えるのに、頼もしく見えるのは気のせいだろうか。 「ごめんね、メモにリードの厚さ書いてなかったの私だったね」 「……いえ」 「厚さは2 1/2で良いと思う。木ノ内君が今使ってるのは3で、3は初めての子には使いにくいかな」 こんな時でも、部活の時と変わらず、一つずつ丁寧に解いていく。 俺のこと苦手だと思っているはずなのに、先輩は自分の味方につくような言い方をし、場をなだめる。 「3の方は2 1/2に比べると硬いの。だから、初心者向けじゃない。でも3の方が音に厚みと柔らかさが出る」 「詳しいんですね」
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