彼、甘くない

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「ただ眠いだけなんですけど」 「……えっ」 あくびをかみ殺して先輩の方を見ると、彼女はそそくさと席に戻っていく。 その背中がやたら小さく感じた。 「ごめん。私……その、木ノ内君が泣いてるのかなって」 「だと思いました」 「ごめん」 「別に」 何だかんだ言いながら、他人のことをよく見ている人。 こうやって、この間の楽器店にしても、俺は知らない間に守られていた。 間もなくパート練習が始まると、俺は新しく買ったリードでの初めての空気抜きに水道へ。 腹式呼吸は以前に比べると出来るようになったはず。 板の先に水を浮かべ、お腹に力を入れながら息を吹き付ける。 ――出ろ、出ろ。 強く念じ、口の中に溜まった空気をリードにぶつける。 ……すると、思っていたよりもすぐに、ぷくぷくと小さな気泡が浮かんできた。 「この前は駄目だったのに」 やはり、日々の練習の積み重ねとはすごい。 ちょっとした感激だ。
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