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「早く此方に」
「え、で、でも……」
「此方に」
「うう……。はい」
渋々と男に杖を差し出す。
男はその杖をマジマジと見つめてから、また少女に声をかけた。
「では、貴女は背中にのってください」
「へ?せ、背中……?」
少女が首を傾げている間にも、男はしゃがみこみ、少女に背を向けた。
「おぶった方が早いでしょう。
登れますか」
「ええっと……。
その、杖を返していただけば、自分で歩けますので……」
「登れますか、と聞いているんです」
あんまりにもピシャリと男が言うので、少女はまたすみません、と謝る。
「では……、し、失礼します」
「どうぞ」
手探りで男の背中を探し、なんとかよじ登った。
よいしょ、と小さく言って男が立ち上がる。
肩に手を置いたことで、あまり体のガッシリした人ではないな、と思ったが存外力があるようで感心した。
「それでは行きますよ」
「は、はい……」
未だにどこに行くのかハッキリしていないので、曖昧な返事になってしまった。
───なんだかこの人、いい匂い。
ウィンディーみたいな、日だまりの匂い。
歩き出した男の背中で、そんなことをぼんやり思う。
「そうだ」
男が、思い出したかのように口を開いた。
「貴女、名前は?」
「あ、えっと……──」
「宇佐美 優笑、と申します」
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