始まり

6/6
前へ
/298ページ
次へ
「早く此方に」 「え、で、でも……」 「此方に」 「うう……。はい」 渋々と男に杖を差し出す。 男はその杖をマジマジと見つめてから、また少女に声をかけた。 「では、貴女は背中にのってください」 「へ?せ、背中……?」 少女が首を傾げている間にも、男はしゃがみこみ、少女に背を向けた。 「おぶった方が早いでしょう。 登れますか」 「ええっと……。 その、杖を返していただけば、自分で歩けますので……」 「登れますか、と聞いているんです」 あんまりにもピシャリと男が言うので、少女はまたすみません、と謝る。 「では……、し、失礼します」 「どうぞ」 手探りで男の背中を探し、なんとかよじ登った。 よいしょ、と小さく言って男が立ち上がる。 肩に手を置いたことで、あまり体のガッシリした人ではないな、と思ったが存外力があるようで感心した。 「それでは行きますよ」 「は、はい……」 未だにどこに行くのかハッキリしていないので、曖昧な返事になってしまった。 ───なんだかこの人、いい匂い。 ウィンディーみたいな、日だまりの匂い。 歩き出した男の背中で、そんなことをぼんやり思う。 「そうだ」 男が、思い出したかのように口を開いた。 「貴女、名前は?」 「あ、えっと……──」 「宇佐美 優笑、と申します」
/298ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2995人が本棚に入れています
本棚に追加