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~起章~
――自分はこの空のように、真っ黒な人間だ。
臆病で、弱くて、ちっぽけで、救いようが無い程、愚かだ。
見上げた空はいつもより近く感じた。星は見えない、月も無い。だからこそこの空は、自分を受け入れてくれる気がしたのだ。
しかし自分は、沢山の人を騙して、巻き込んだ。今に至る動機も、手段も、最低に汚くて最悪に狡猾だろう。そんな自分を受け入れてくれる場所などどこにも有りはしないというのに、そんな気がしてしまった。
「君は、自分が何をしようとしているのか、解っているのか……?」
対峙する男が、青ざめた顔で言った。
解っている。やってしまったら取り返しがつかない事で、既に失った物も戻らない。自分に守る物なんかは、もう無い。でも、正義の味方になりたくてやってるわけじゃない。だからこそ、
「……さあ?」
冷たく、言い放った。
対峙する男の顔から、表情が消えた。この右手に握られたスイッチが、全てを終わらせる、幕引きの合図。それが解っているからこそ、自分は勝ち誇り、目の前に居る男は絶望しているのだ。
ああ、狂ってる。
自分が、狂ってる。
最悪の動機で、最悪の方法でここまで来ておいて、勝ち誇っている自分が怖い。吐き気がする。
だけど、それでもだ。
「終わらせましょう……」
命運はこの右手に託された。
「……ぜんぶ……」
もう、後戻りは出来ない。
「……全部っ!!」
からっぽの掌で、築き上げた結末がこれか。
ああ。
自分はこの空のように、真っ黒な人間だ。
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