春の雪

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それほどに愛しき死人の家に居れるはずが無かった。 市村はまた咳をした。 最近は風邪かなんかか咳が出る。 その次に腹を擦る。 特に腹がどうこう なっている分では無いが、ただ色々思い出しているとそうする。 家に着き、自分に与えられた部屋に戻り天井を向いて横になる。 今だに市村は土方が死んだと信じきれていなかった。 ほんの一年程前まで共にいた。 短い間にほとんど付きっきりでいたものだから余計だろう。 市村は少しづつ近付く夜に目を細めた。 闇の中に包まれると、嫌な程一人だという事実を思い出す。 灯籠に火を灯しても、己の吐息しか聞こえない。 雪が残るこの時期は虫さえ鳴かないから静寂さが増した。
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