着信

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いわゆる、留守電。 予想外も予想外、完全に的外れな展開だ。 「マジかよ……どうしよ」 携帯電話に掛ける、という案もあるにはあるが、これはまず使えない。 父、母親共に人形を販売するというのは勿論、プロの職人でもある。 職業柄、集中を欠かないためにも常に電源を落としている筈。 下手をすると、丸々一日電源を入れない日もあるくらいだ。 「メール……ファックス……いや、駄目か」 他の方法を模索するも、良い考えが思い付かない。 折り返し電話を待つしかないのか? そう諦めかけていた時だった。 ピリリリリリリリリィ。 ピリリリリリリリリィ。 着信音。 携帯電話の初期設定で組まれていたそれは、実に無機質なものだ。 ――しかし。 「……?」 はて、と首を傾げる。 正直、俺は携帯電話というものをまともに使う機会が少ない。 友人とは専らメールでやり取りをするし、通話はしても自分から掛けることが多い。 どちらかと言えば、オンラインゲームの課金用電子マネーの購入、といった中々に駄目な使い方ばかりだ。 それを踏まえて考えると、自分の携帯電話の着信音、というのは清々しいまでに新鮮味がある。 でも。 「こんなだったか……?」 うろ覚え、という熟語ですら成り立たないものからくる、不気味にも似た違和感。 いくら普段鳴らないとはいえ、一度は耳にする機会がある筈だ。 だけど、知らない。 正直、こんな着信音は一度たりとも、少なくともこの携帯電話からは一度も聞いた覚えがないのだ。 「…………、っと、まぁいい、出るか」 その微かな不気味さに当てられ暫し放心状態になるも、鳴り続ける着信音で我に返る。 そうだ。 取らなくてもいい電話、というのもこの世には多分に溢れかえっているが、取ってみないことには何も始まりはしない。 ――それが悪徳セールス云々であれば、例外だけど。 そんな冗談を考えられるまでに思考が回復した俺は、通話状態にするのに必要な動作――二つに折り込まれた機体を開く――をして、 「……はぁ」 思わず、溜息をついた。 あぁ、そうだ。 この理屈にまみれた世界で、自分だけが、たかだか十数年生きているというだけの自分だけが、科学という広大な枠組みから外れた奇々怪々な現象を、おいそれと目の当たりにするなんて、ある筈がない。 通話先を表す文字列として、三文字がディスプレイに表示されていた。 "母さん"。
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