陽炎の奥。

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カラン・・・ コロコロコロコロ・・・   水浸しのリノリウムをバケツが転がっていく音がした。 その場をケタケタと笑いながら 数人の男子生徒が駆けて行く音が聞こえる。   昼休みの終わりを知らせる 午後の予鈴が満たし 外から学生らの生み出す喧騒で満ち溢れた。   『何だよ・・・』 俺は空虚に転がっているだけのバケツを見落としながら呟く。   冬の寒さとは無縁の 嫌な肌寒さが俺の体を撫でてくのを感じた。       教室に戻ると まさしく最初から存在しなかったかのように 空けられた空間があった。   俺はその場所に自分の机を戻し 転がり散乱するノートや教科書を拾い集める。 慣れた手つきで、掃除用具入れの棚から文房具も発掘する。   『起立!礼!着席!』 と学級委員の規則正しい号令が教室一杯に響き渡る。 教師が来る前に俺は持ち物一式を回収し終わり席に着いていた。  理由は単なる「そいつら」の 興味転移のようなもの。 そこに、面白そうなものが転がっているもんだから、 みんな喜んで楽しむ。   あぁ・・・この世に「正義」なんてなかったんだろうか・・・? あの時俺も ほかの誰かみたいにただただ 傍観してたらよかったんだろうか・・・?   俺の座る席の隣。そこには、透明な花瓶に入った菊の花が置かれていた。   俺は毎日 こいつの水を替えている。   『もう少し、俺が強かったら・・・』 なんて思う。 『あぁ・・・・神田恭介。起きとるかぁ?』 『はい・・・。』 教師が俺の元まで来て見下す。 『なんだ?ずぶ濡れじゃないか?今日は雨でも降ったのか?それとも、水遊びでもしてたのか?』 笑い声が教室に響く。
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