遠い理想郷

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かくしてエム氏の決意は固く、最果ての理想郷へと旅立つことになった。すがりつく妻を振り切り友人たちに別れを告げる。一度宇宙に飛び出し最高速に達してしまえば、新型のロケットは特殊な磁気をまとって通信ができなくなる。まあ何よりも冷凍睡眠につくのだから地球との通信などのぞむべくもないが。 エム氏に後悔はない。かれは人類の使命を託された選ばれた者なのである。誰よりも遠くへ、誰よりも早く。出発が近づくにつれ、やや狂信的にエム氏は繰り返すようになる。 やがて時が来てエム氏を乗せたロケットは打ち上げられ、加速を繰り返して最高速に達するころになると、彼は冷凍睡眠に入る。眠っている間に小惑星に衝突したり、エンジンがトラブルを起こしたりしたら、彼の命運はそれまでだが、何かしら直感のようなものがそんなことはないと彼に告げている。まあ、気休めの思い込みと言えばそれまでだが、彼は自分が途中で死ぬはずがないと信じ切っていた。
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