万引き

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「宮原、お前知ってるか?」 不意に、友人がいつだか言っていた言葉を思い出す。 「知ってるか?動物園のアリクイは蟻を食べないんだ。」 前に、友人の鳥井にアリクイの話をした時に返ってきた言葉だ。 その言葉を聞いた時は、一体何を言っているのかと思った。 今思えば、蟻を助けたいならアリクイをどうにかするしか無い、と言いたかったのかも知れない。 僕は老人の入ったトイレに駆け込んだ。 カギを掛け忘れていたらしく、扉は容易に開いた。 老人は驚いた顔でこちらに振り向いた。 僕は老人の服に手を突っ込み商品を取り出し、変わりにいくらかのお金を詰め込んだ。 商品を素早く棚に戻し、僕は店を出た。 帰り道を歩きながらあの時の老人の心情を想像する。 きっと、驚いたに違いない。 僕の事をどう思ったのだろう? 「ありがとう、本当に助かったよ。」と感謝したか、「偽善だ、余計なお世話だ。」と邪険に思ったかは分からない。 しかし、それでも宮原の中の無力感は消えていた。 そう言えば、ビールを買い忘れていたな、と静かに微笑んだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加