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家族にも収にも、誰にもこの話はしていない。
6年間、無理に続けているわけではなかった。ただ、陽香にとってそれは忘れてはならないことだったのだ。
一度だけ秋の始まりの日に台風が来て足を向けられなかったことがあったけれど、自分の意思でひたすら孤独に続けているのはその為だ。
目的の駅に降り立ち、陽香はぶるりと震えた。この駅に降りると、真夏であろうと必ず震えが来る。
ぎゅっと口唇を噛み締めると、陽香は改札口に続く階段を降りていった。
人通りのすっかり途切れたビジネス街を、陽香はゆっくりと歩く。すっかり見慣れたパン屋の看板が見えてきて、ふうと全身で息をついた。
もうしばらく歩いたところで、陽香は足を止めた。小さな花束と、コーラの缶がびしょびしょになっている。雨が降っているせいで今日は線香の燃えかすが流れて消えてしまっていた。
陽香はそれを見てから、とっくに閉まっている目の前のビルの入り口の隣にある小さな窓を叩いた。
ガラリと窓を開けられて、人のよさそうな初老の男性が顔を覗かせる。
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