枯れ果てたいくらい。

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 10分程その場でそうしていただろうか。  陽香は自分が思っていたよりずっと長く考え込んでしまっていたことに気が付いた。考え事をしていたというより、身体から魂だけが抜け出てそこらをふらふらしていたのかも知れない。そんな感覚だった。  ぼうっと我を失っていたことを人知れず恥じながら、陽香はゆっくりと立ち上がった。  気付かない間に、身体がずいぶん冷え切ってしまっている。真冬のそれとは比べ物にならないだろうが、陽香は身体の底からの震えを感じた。  ぱたぱたと、雨の雫が傘から落ちる。 「じゃあ、斉木くん……またね」  小さくそう呟き、傘を持ち換えて歩き出した。そのままパン屋の通りの方へ歩いていこうとして、陽香はぎくりとする。  10メートル程離れたところに、全身黒づくめの長身の男がただひたすら雨に打たれて濡れていた。ずぶ濡れのその男は、手に花を持っている。真っ赤なバラの花束。  のろ……と上げられたその顔を見て、陽香は思わずあっと声を上げた。  さっき閉店の少し前に、買った文庫本を陽香に押し付けてさっさと帰ってしまった男ではないか。 .
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