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「……えと」
「塾の金も出してくんねえのかって、聞いてんだよ」
そう言われてやっと、彼の言いたい事がわかった。
遥の顔は、真剣とまではいかなくても少しだけ固い。
“お家問題”なんて、大層なものじゃないのに。
それでも彼は、そういう顔をたまにする。
あたしのために、少しだけ、気掛かりそうな顔をする。
ごくたまに、こうやって。
あたしを見る瞳が、珍しく真っ直ぐな視線を放つ時がある。
茶色い前髪の隙間から覗く、その焦げ茶の深い色。
「そんなんじゃないよ」
口にした言葉は真実で、それ以上でもそれ以下でも無かった。
あたしが浮かべたのは、たぶん笑顔。
彼にこういう事を聞かれるのは、嫌じゃない。
というより、ちょっと嬉しかったりする。
「行かないって決めたの、あたしだし」
例え……
「そっか、ならいいか」
……例えそれが、ほんの一瞬で消え去るような儚いものだとしても。
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