―序章― くるくるくるり

23/25
241人が本棚に入れています
本棚に追加
/344ページ
「……えと」 「塾の金も出してくんねえのかって、聞いてんだよ」 そう言われてやっと、彼の言いたい事がわかった。 遥の顔は、真剣とまではいかなくても少しだけ固い。 “お家問題”なんて、大層なものじゃないのに。 それでも彼は、そういう顔をたまにする。 あたしのために、少しだけ、気掛かりそうな顔をする。 ごくたまに、こうやって。 あたしを見る瞳が、珍しく真っ直ぐな視線を放つ時がある。 茶色い前髪の隙間から覗く、その焦げ茶の深い色。 「そんなんじゃないよ」 口にした言葉は真実で、それ以上でもそれ以下でも無かった。 あたしが浮かべたのは、たぶん笑顔。 彼にこういう事を聞かれるのは、嫌じゃない。 というより、ちょっと嬉しかったりする。 「行かないって決めたの、あたしだし」 例え…… 「そっか、ならいいか」 ……例えそれが、ほんの一瞬で消え去るような儚いものだとしても。
/344ページ

最初のコメントを投稿しよう!