第一章 呪われた秩序

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「姉ちゃん!」 人混みの中から切羽詰まった甲高い声が響く。呼ばれた少女は辺りを見回し、やっとの事で揉みくちゃにされつつある10才にも満たない小さな弟の姿を見つけた。細身の体を活かして弟に近づき、なんとか人混みの中から引っ張りあげる。 「大丈夫? 紫園」メインストリートから路地へ滑り込み、弟の顔を確認してから訊いた。紫園と呼ばれた短髪の少年は笑顔でうん、と頷く。姉は弟の元気な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。 だから、連れてきたくなかったんだけどな。 心の中でそっと呟いてみて、改めて人混みを見つめた。 国家による支配が崩壊してから一世紀以上が経っていた。一度は大きな混乱が世界中を襲ったが、現在は至って平穏な生活だ。貨幣制度が撤廃された代わりに、人々は国からの税金も科されなくなったが、同時に保障も失った。暫くはその事で紛争も起きていたが、一部の思想家からは「自分の身は自分で守るべき。これからは人間性がものを言う時代だ」と言い出すと、お互いがお互いを思いやるようにうまく事が進むようになった。全ての紛争が止んだわけではなかったが、段々と鎮静化されていき、次第に疑問に思う者はいなくなった。 こんなことを疑問に思う方がおかしいのかな。 少女―――理苑は疑問に思う者がいないことをいつも疑問に感じていたが、余計な争いを産んで小さな弟を巻き込みたくないが為に口にしなかった。今の生活に不満があるわけでもないので、きっと他の人も同じように考えているのだろうと信じるようにしていた。 ふと紫園を見ると暫く休憩するのかと思い込み、お茶を飲みながらメインストリートを行き交う人々を観察していた。
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