読むと死ぬ本

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 ※ ※ ※ ※    男が息絶えてから数分後、ホテルの一室に二人の男女が入ってきた。白髪の男とニット帽をかぶった女だ。   「やっぱりこの人もダメだったね」   「頭悪そうな顔してるもんな」    テオとハルは、床に転がったグラスと男の亡きがらを見ても驚いた様子は見せない。  全知全能の書、読んだ者にこの世界の全ての知識を授ける本。それに間違いはないが、読んだ者に一番色濃く印象付けられることは、誰であろうといつか訪れる死には抗えないということ。   「ダメだと思ってたなら、読ませなきゃよかったじゃない」   「いや、こいつが言ってただろ。『自分がどんなふうに本に殺されるか興味ある』って」 「ああ、それには僕も期待してたかな。今までにそんなこと言う人はいなかったし」   「まあ結局、今までのやつらと同じ死に方だけどな」    死からは逃れられず、全てを知り生きる意味も気力もなくなった者達は、自ら命を絶つ。  その本にしるされている、どこにでもある材料で簡単に作れる、最高の毒薬で。   「この本を読んで、それでも生きていられる人なんて、いるのかな?」    本が選ぶ、本の所有者。それは全てを知り全てを受け入れつつも、この世界を変えようと、この世界に何かを残そうとする強固な精神力をもつ者。  もとから頭の良い者はこんな本は読もうとはしない。全知全能の書がなぜ読むと死ぬ本と呼ばれるのかが理解できるからだ。そのためにハルは、全知全能の書の名前を知ると、必ず読むと死ぬという噂も知ることになるよう情報を流しているのだから。 「やっぱりどこか、絶対人目につかないとこに封印しちゃえば? ハルちゃんだってその本読む気ないんだろ?」 「それはダメだ。本ってのは誰かに読まれるためにあるんだ。テオこそ読まないのか? あたし達はこんなの読んだって簡単には死にゃしねぇ」  全てがしるされた本はこれからも、読んだ誰かに知識を植え付けようと、地下の古本屋で待ち続ける。 「読むわけないじゃない。『知らない事がある』って、とっても楽しい事じゃないか」  テオは視界に男の死体が映っているのかいないのか、ひとりの命を奪ったばかりの本を腕にかかえて、にっこりと微笑んだ。  ホテルのドアの閉まる音。その向こう側には、全てを知ってしまった男の屍が、冷たくなって横たわっている。           読むと死ぬ本 終
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